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Viaggio mosaico

〜モザイクをめぐる旅〜

ポレチュの魚

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エウフラシウス聖堂の魚モザイク ポレチュ クロアチア

スタジオモザイコ本家サイトではひところ魚ブームでしたね。
モニターの向こうで広がる楽しそうな様子を見ていたら、、、私にも遅ればせの魚ブームが到来しました。
作る方じゃなくて見る方ですけど。(ちなみに魚オーナメント、私も1つだけ作りました)

そんな中で私の心でじわじわと醸成され、記事にしたくなったのがこちらのモザイクです。
素朴でリアルには程遠い作りですが、私にとっては印象的なお魚でした。

このお魚に出会ったのはクロアチア北西端のイストラ半島にあるポレチュの旧市街です。
旧市街といってもすごく小さくて東西およそ500m、南北およそ300m
それでもローマ時代からここイストラ半島の中心地として栄えていたそうです。

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旧市街のメインルートを歩いていた時にふと目に付いたのが、アートショップに掲げられた魚のモザイク
中に入ってみるとお店の人がこれまた同じ魚のモザイクを作ってます。
あまりに全面的にお魚を押しているようなので疑問に思い尋ねると、エウフラシウス聖堂の中でも重要なモチーフだとのお返事。

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え?なーんか不思議な感じしませんか?
だって、エウフラシウス聖堂ですよ?世界遺産のキラキラモザイクのアレ↓
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キラキラの隅っこにあるのか?はたまた床モザイクになっているのか?
どういう理屈でそうなっているのかわからないですがきっとどこかにあるんでしょう、
覚えておかなきゃと思ったわけです。



さてエウフラシウス聖堂です。
オンシーズンに行ったからか、ロープが張ってあって観光の順路が決まってました。
印象的な高い鐘楼に登った後に司教宮殿だった博物館に入ります。
その建物の2階に上がると不意に目の前にモザイクの中庭がどーん!と見えてきました。

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そしてカメラの望遠レンズを通してじっくりと見ているうちに、見つけました!!
奥の一角にある例のお魚!!

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中庭のように見えるこのエリア、実は今の教会に建て替わる前にあった教会の跡で、このエリアには4世紀後半のモザイクが残っています。
4世紀でも後半になると床は幾何学模様のモチーフが主体みたいですね。314年にできたアクイレイアと比較するとわずかな期間に教会建築が様式化されてるのがよくわかります。
その中で象徴的に魚のモチーフが残されているというのは、確かに興味深いところです。

初期キリスト教時代にはカタコンベなどでキリストを表すシンボルとして魚が使われてました。
古代ギリシャ語で魚を表す単語(ἰχϑύς)は
「神の息子、救世主イエス・キリスト
('Ιησοῦς Χριστός Θεoῦ Υιός Σωτήρ (Iesùs CHristòs THeù HYiòs Sotèr))」
の頭文字にぴったりだったからなのだそうです。

さて博物館は地階へと進みます。
なんとそこには大理石モザイクの断片が展示されていました。
よく見るとさっき見てたモチーフと同じものもあります。

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実は中庭にあったモザイクは複製品で本体はこちらに保管されていたのです。
なにも知らなかった私は複製品にたっぷり時間をかけて撮影しちゃったあとでした(苦笑

地下は全体的に薄暗くて、興味がない人ならするするっと通過しそうなところです。
その薄暗い地下の奥の方、檻の向こうに目的のお魚モザイクが鎮座してました。
大事に保管されてると言えば聞こえはいいですが、地下牢っぽい中におわすお魚さんとの出会いはなんとも不思議な気分でした。


エウフラシウス聖堂は世界遺産になるだけあって、遺跡的にもモザイク的にも幾つもの時代のものが一度に見れるすごく興味深いところでした。
2017年はエウフラシウス聖堂を皮切りにイストラ半島のモザイクたちをご紹介したいと思います。


クジャクのモザイクを眺めながら、、、

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南洗礼堂ホールのクジャクのモザイク アクイレイア イタリア

再びのアクイレイアからですみません。
クジャクというと真っ先に思い出したのがこれだったもので。

こちらのモザイクは司教Cromatius(388-408)のもとで作られ、アクイレイア大聖堂の前室(ナルテックス)の脇のサルタトリウムという部屋にありました。ここは司教の王座があり、クジャクの絵は特権的な場所を示すために選ばれました。
クジャクの像は図像学的にキリスト教以前から、不死のシンボルでした。クジャクの羽は毎年春になると新しく生えることから、復活を意味し、その肉は朽ちないと考えられてました。
モザイクは、金やガラスなどの貴重な材料が用いられ非常にエレガントです。石材は地元からのみならずアウリジーナ、イストリア、バローネなどの各地から取り寄せられ豊かでした。

上の記述はこのモザイクのそばにあった説明文を簡単に意訳したものです。
クジャクに対する思い入れがたっぷりで、高貴なものとして珍重されていたんだろうなとつくづく思います。

古代ローマでクジャクといえば、アサロトス・オイコスに象徴される飽食の時代、ご馳走を食べ続けるために意図的に食べた物を吐くのに用いたのがクジャクの羽だったかと記憶しています。
そうそう、食用にも使われてました。クジャクの卵がー、クジャクの脳みそがー、みたいな記述見たことがあります。お肉ももちろん食べたのでしょう。美味しいのでしょうか?

食材としては相当高級でした。
クジャクの卵で20セステルティウス。1世紀のポンペイの時代の物価で言えば、パン40キロ分、ワイン20リットル分に相当します。
クジャクの生息地はインド近辺らしいので、交易で入手していたのでしょうか?食べ物にかける情熱がすごいなーとただただ驚くばかりです。

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上にあるモザイクはイタリア各地で撮ったものです。

でも先日掲示板で投稿していただいたスペインのタラゴーナにもクジャクモザイクがあるのに感動しました。
こんなはるばる遠くまで運ばれてきたのですね。

まだの方ぜひこちらもご覧ください。

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