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Viaggio mosaico

〜モザイクをめぐる旅〜

番外編:Out of Africaな体験 in Nairobi

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この写真の中にある動物が隠れています。さてどこに何がいるでしょう〜♪

実は今、ナイロビに滞在中です。
Viaggio Mosaicoではこんな感じの個人的な話題は極力避けてやっていたのですが、居場所もそれなりに珍しいし、たまには現地レポートもどう?なんてお話もいただき、今回は番外編をお届けすることにしました。

ケニアというとまず思いつくのは、サファリですよね? ライオンとかキリンとかシマウマとか、、、
でもまだサファリは行ってないんです。サファリに行ってしまうと一番の楽しみがなくなってしまいそうな気がして。美味しいものは最後にとっておくタイプです。

ナイロビ国立公園内に行ってますが、訪ねたところは完全に動物園で、ご対面したのは柵や檻の中の動物たちばかり。それでも周りの自然もあって日本の動物園とは風情が違います。

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でもナイロビでも動物以外に見るところが一応あるんです。その中でもメジャーどころのカレン・ブリクセン博物館をご紹介しようかなと思います。

カレン・ブリクセンは20世紀のデンマークを代表する小説家です。デンマークではお札になったり切手になったりとかなり著名な人物のようです。私たち日本人にとっては映画「愛と哀しみの果て(原題Out of Africa)」でメリル・ストリープが演じた主役カレンのモデルかつ原作者といった方がピンと来るのではないでしょうか?

博物館はナイロビの中心部より少し外れた、ナイロビ国立公園の西側、カレン地区内にあります。この辺りまで来ると市内の活気ある風景から一転し、のんびりとした田園風景が広がります。

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こちらの写真が博物館とその敷地です。映画の建物はこんな感じ。↓ 全く同じとは言えないようですがよく似ています。

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敷地は実に広く、かつてはこの辺りにコーヒー農園があったようです。
カレン・ブリクセンは本国デンマークを離れ、ここでコーヒー農園を営んでいました。ナイロビは標高1600mあり、赤道近くの割に比較的涼しい気候のため、コーヒー栽培には随分苦労があったようです。

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建物の中はカレン自身が生活していた家具や道具、そして映画のセットや小道具が混在している印象でした。

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カレンはデンマークから身の回りの道具のほとんどを持ってきたようです。ヨーロッパ産や中国産の家具や道具、食器などいろいろと展示されてました。
その中で印象的だったものの一つが鳩時計です。
映画でも鳩時計を見て目を丸くする大人や、大騒ぎをする子供たちの様子が描かれてました。

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時計が時を告げる頃、集まってきた子供たちがその時を神妙な顔で待ってます。

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鳩が飛び出すと、わあっと蜘蛛の子を散らすように騒いで逃げていく子供たち。

あと蓄音機もありました。映画ではサルに仕掛けてレコードを傷つけられてました。あの当時だとレコードも相当高価だったでしょうに、大胆な遊びをしたものです。

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食堂やリビングは実際に彼女が使っていたもののようでしたが、寝室は映画のセットを再現したもののようでした。クロゼットの中には映画で使われた服やブーツが入ってました。外出時のこちらの衣装です。

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カレンは文才のほかに画才にも長けていたようです。コーヒー農園を支えていたキクユ族の人々の絵も飾ってありました。映画の酋長として描かれたこの男性の服装や装飾などは彼女の絵から再現したのかも?

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博物館を出ます。
建物のすぐお隣にあったこの木、なんとアボカドの木でした。こんな風に実が成るのですね。

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少し離れたところには当時使われていた農機具が雨晒しで展示されてました。味わいがあってこういうの大好物です。

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敷地を散策するとそこは完全にアフリカの世界。サボテンなのか木なのかわからない植物に興味深々。木の上では野生の動物がお昼寝中。

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鬱蒼とした木々の向こうで見つけたのがこちらの機械。これ昔の焙煎機でしょうか? 映画でも写ってましたが全体像がわかるものはこのーシーンのみ。辛い絵です。

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この図で終わるには辛いのでもう一つ。
この博物館の敷地の隣接地は広い平原があり、そこではカレンの彼(ロバート・レッドフォード)がいつも飛行機を乗り降りしていたそうです。
もしかしたらこの映画のシーンのように2人で乗ったことがあったかもしれないですね。

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映画は雄大なアフリカの景色が印象的でした。いつかそんな景色を見られますように。

ちなみに日常の生活はシンプルに専業主婦してます。治安上自由に歩き回るわけにもいかず、移動は自動車のみ、いつもどこかの建物の中にいます。楽しみはたまにガーデンでいただくランチです。
アパートの窓に野生の珍しい色をした小鳥が停まったり、たまにはハゲワシらしき鳥が迫ってきたり、部屋にいながらなかなか楽しくスリリングな体験もしてます。


アッピア街道の向こうに

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ローマ邸宅のトリクリニウムの床モザイク MARTA ターラント イタリア

ブーツ型をしたイタリア半島のかかとに当たるところにターラントという町があります。

車で行けば長い長い旅程、高速を降りて走るこの道はかつてのアッピア街道です。向こうに見える煙、近くに工場地帯があるようです。ウィキによれば「ターラントは南イタリアで3番目に大きな町で重要な軍港と商業港を有し、製鉄所、石油精製工場、化学工場、造船所(戦艦)、食品加工工場がある」のだそう。
イタリアにもちゃんと工場があるのね。ローマの景色に慣れた身には、なぜかこのパワーのある風景がひどく新鮮で心揺さぶられます。
聞いたところによると、ターラントの軍港は海上自衛隊の船が立ち寄ることもあるのだそうです。

町に入ると目につくのは港町の景色、うーん! 青色がまぶしい!
太陽も真冬とは思えない程力強く輝いています。

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さてそんなターラントでまず立ち寄ったのは旧市街にあるサンカタルド大聖堂です。

10世紀の創建で、時代を経てロマネスク様式とバロック様式が混在するようになったファサード、内部奥はカラフルな大理石で装飾されています。

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そ、し、て、床にはなんとも愛らしいモザイクが!
欠損している部分が多いですが、床のあちこちにヘタウマ系のモザイクがあります。
こちら1160年にジラルド司教の委託を受け、モザイク作家のPetroiusによって作られたものです。時代的にもイタリア南部の類似例からもロマネスク様式に当たると類推しているのですが、なぜかビザンチン様式と説明する日本のサイトがあり混乱しております。

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でも、私の本命はこちら、新市街にあるMARTA(Museo Nazionale Archeologico di Taranto)近年作られた(改装された?)ばかりのモダンな博物館です。

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博物館に入ってすぐロビーで迎えてくれたのはギリシア彫刻の巨匠リュシッポスのブロンズ像の複製。
本物はターラントがローマに征服された紀元前209年にローマに運ばれたそうです。
ちょうどその頃第二次ポエニ戦争の戦利品としてシラクサからもギリシアの美術品が数多くローマに運ばれてました。ギリシア芸術がローマ市民の目に止まり始めた時期の一品だと思います。

元々ターラントは紀元前8世紀末にギリシア人によって作られた町なので、ギリシア時代のの出土品がメインです。

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その中でもここの見所は、紀元前に作られた金細工。
虫眼鏡で見ないとわからないほどに精巧に作られたこの細工、素敵です。

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意外とここはローマの出土品も充実していて、モザイクの展示品も多数ありました。
一番の目玉がこちらのモザイク。1890年代末にIstituto Maria Immacolataの邸宅跡から幾つか見つかったものの中の一つです。3つのモザイクが一連で展示されていたので、この3つがまとまって出てきたものと思います。

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このモザイクはペリスタイル(柱で囲まれた中庭)の一角にあったトリクリニウム(宴会場)を飾っていたものと思われています。中央にはギリシアの神がニンフをさらっている様子が描かれています。この模様はタラントのモザイクの中では非常にまれなものだとか。
このモザイクの量と質、かなり身分の高い人の邸宅だったのでしょうね。

このほかのモザイクも一部ご紹介。

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まだパッケージされたままのモザイクも!

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実は私がここを訪ねたのは2012年の冬でした。最近の様子を調べると、もっとモザイクの展示数が増えているようです。おそらくこちらの中身も今は見られるのではないのでしょうか?

MARTAはホームページも力を入れているようです。
よかったら参考にこちらもどうぞ。
http://www.museotaranto.org/web/index.php?area=1&page=home&id=0&lng=en

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